愛花風

思考の先に本質を見る

混迷する辺野古の解決への道は

先月末に行われた、辺野古移設を巡る住民投票の結果は、反対が全投票数の七割だったのに対して賛成が二割にも満たないという圧倒的な差が付いた形になった。これを見ても、沖縄県民が辺野古に反対していることが分かる。

振るわなかった投票率の背景

一方で、全体の投票率が六割にも満たなかったことを気にする人もいるのではないか。
実はこの原因が賛成派が惨敗した理由とリンクしているのだ。

ピーター・F・ドラッカーという人物を知っているだろうか。一般的に彼は『マネジメント』として知られているが、実際はファシズムを研究してきたジャーナリストであった。彼はいち早く、当時は泡沫候補と軽視されていたナチスの危険性を察知してヒトラーに取材したことがある。そんな彼は処女作『経済人の終わり』にてこう書いている。

プロパガンダの蔓延の危険性は、プロパガンダが信じ込まれる、ということにあるのではない。その危険は、何も信じられなくなり、全てのコミュニケーションが疑わしいものになることである。

思えば、辺野古の賛否双方は激しい情報戦を繰り広げてきた。特に近年、SNSの発展によってますます過熱している。中には「沖縄の龍柱は中国への従属の証だ」、「反対派は日当二万円を貰っている」、「反対派が六歳のハーフ女子を集団暴行」といったガセネタから火のないところに煙はたたぬといったものまで、双方が激しいプロパガンダの応酬を繰り返した。

このことの最大の問題点は、人々が「何も信じられない」という心理状態になることだ。人はこの状態になると、二通りの行動を示すようになる。一つは「全否定」だ。まず、不信を植え付けたものを全否定しようとする。信頼できないものに判断を任せられないからだ。今回賛成派が惨敗した理由がそれに当てはまる。

だが、もう一つの方はもっと危険である。それは「無関心」である。例えば、宗教的なことを信じない人がカルト的な話を聞かされたらどう思うか?多分、つまんないと寝るかドン引きして距離を取るかのどちらかだろう。人間は得体の知れないものから距離を取ろうとする防衛本能があるからだ。

こう考えると、沖縄県民の約半分が棄権した理由がよく分かる。その人達は、デマや個人攻撃といった情報によって基地に関するコミュニケーションに不信を抱いているのだ。そのような冷めきった状況では、熱意を持つ人を除いて、多くの人が「もういいや」と自分の意思を示すことすら諦めてしまう。

そして、この無関心はファシズムの温床でもあるのだ。人々がもういいやと塞ぎ込んでいるときに「これが正解」と道を示す者がいたらどうなる?おそらく多くの人がそれに飛び付くだろう。そして、全体への服従と不信者に対する糾弾が始まる。

ドラッカーは、外部から情報を取り入れて生かすフィードバックが必要と言った。つまりマーケティングだ。
賛成派が今回のような民意を否定するほど政治不信は高まって、後にそのツケを払うことになる。

辺野古の本質的な問題

本来であれば自民党は沖縄の民意へ対応策を考えて欲しいが、現状ではそれを望むことは難しい。
そこで我々が考えるべきことは、「そもそも何故沖縄に米軍がいるのか」ということだ。

まずこの問題の前提として知るべきことは、日本側に軍政はないことである。名目上では、沖縄は1972年に米国から返還された。しかし返されたのは民政だけであった。つまり、日本側には軍政つまり米軍基地に関しては口出しできない。これが日米地位協定の正体である。

このことは何度も起きた事故を見ても明らかだ。米軍ヘリの部品か落下した時も、米軍は日本側の相談もなしに調査を行った。また、安全性の問題点が指摘されているオスプレイもいつの間にか配備が完了した。つまり、日本には米国の意向に反対する権利がない。

ところが、当時の首相の佐藤栄作、後の自民党も外務省もこの事実を伝えていない。文書に残っていないか隠蔽されるといった自民党の悪癖が現れている。おそらく米国としては何故沖縄で反基地運動が起き続けるのか理解できないというのが本音だろう。

戦略的な面を見ても米国が簡単に沖縄を手放すとは思えない。中国の軍事覇権主義に真っ先に晒されるのは尖閣であり沖縄だ。辺野古反対派は「中国は攻めてこない!」と強弁するが、中国が太平洋侵略のために戦略を立てていることを考えるとやはり脅威は否定できない。

事態の複雑さは自民党が一番知っている。辺野古問題には歴代政権がコミットして、政治家が利権化してきた経緯がある。安倍政権としては、辺野古は介在できる問題ではなく、過去の延長線上に行うしかないと認識しているのだろう。
また、辺野古は国政案件でもあって沖縄は政府から委託された事務を行っているに過ぎない。知事の判断で左右に動かすことは不可能だ。これに反発したい人は憲法第八章を読んで欲しい。仮に沖縄が辺野古の差し止めを求めた裁判を起こしても勝算はない。

したがって、いくら沖縄が自分たちの民意を掲げたところで効果は薄い。

トラストミーという悪夢

皆は「トラストミー」を覚えているだろうか。そう、我らが鳩山由紀夫だ。
この際はっきり言おう。鳩山の外交は史上最悪である。

奴は総理に就任した時に、「最低でも県外」と言い出した。しかし、奴には何の目算もなく、数日後には「辺野古しかない」と勝手に主張を変えた。当然沖縄県民は馬鹿にされたと怒り米国はルーピーと軽蔑した。

ここで私が指摘したい最大の問題点とは、国家間の信頼を破壊したことである。

さっきも書いたが、自民党辺野古にコミットしたりしたが、その中で米国との信頼関係を築いていって、日米同盟を継続させてきた。(地位協定の是非は別)しかし、奴の率いた民主党は大事な米国との関係を破壊してしまった。

例えば米国では、政権が変わると外交のニュアンスは変わるが、根本的な関係はすぐには変わらない。これは他の国でも同じだ。
つまり、鳩山みたいに、ちゃぶ台返しの様に外交方針を変えようとすることは国際的に非常識である。

沖縄では「鳩山は恩人だ」と評価する声があるらしい。とんでもない!
あんな、沖縄県民の心を弄び米国との信頼関係を破壊したルーピーのどこに恩人と言えるところがあるのだ。私個人的には訪沖を禁止する措置を奴に与えるべきだと思う。

辺野古という最悪の選択肢

さて、ここまでさんざん書いてきたがあえて言おう。

辺野古移設は最悪の政治選択である!

まず、辺野古は大浦湾の海面下の地盤が非常に軟弱である。(特にC護岸)その深さは何と九十メートルにもなる。
政府は砂杭を地中に造って地盤の水分を抜くサンドドレーン工法と砂杭を打っていくサンドコンパクションパイル工法を想定しているが、砂杭は七万を超える量となり工事の長期化は避けられない。しかも九十メートルをカバーできるかどうかすら怪しい。
その他の地盤も「極めて危険な活断層」と指摘されている。

また、軍事面にも問題がある。普天間には世界最大級の航空機が離着陸できる約二千七百メートルの滑走路があるが、辺野古は約千二百メートルの滑走路しか建設できない。
辺野古には海兵隊が駐留する予定だがそれにも問題がある。何故なら海兵隊尖閣の防衛には不要であるからだ。そもそも尖閣には補給拠点がない。仮に中国軍が諸島に上陸しても何もできない。つまり海兵隊の出る幕はない。尖閣防衛は制空、制海権を巡る戦いになるのだ。

辺野古の欠陥は、平成二十九年四月五日に公開された米国会計検査院の米軍再編に関する報告書に記されている。そのためか、米国政府は非常時における那覇空港の利用も求めている。また、元海兵隊幹部のロバート・エルドリッジ氏も著作『オキナワ論』にて辺野古の問題点を指摘している。

つまり、辺野古普天間の代替施設になり得ないのだ。よって、辺野古移設が完了しても普天間が還ってこない可能性が高い。この事は稲田朋美が言及している。
もしも辺野古移設が完了した場合、普天間は一部縮小するのかも知れない。しかし普天間の近くには小学校等がありその上を米軍機が飛び回るといった状況は続く。その時、「辺野古が唯一」というプロパガンダが嘘であることが発覚することで自民党と日米同盟双方が信頼を大きく失う。そして最終的には終焉の時を迎えるかもしれない。最後に笑うのは尖閣、沖縄に野望を向ける中国だ。

沖縄がとるべき行動

この混迷した状況を打破するために、私は沖縄と在沖米軍との交渉を提案する。残念ながら安倍政権に沖縄側が交渉を仕掛けるのは困難だからだ。そこでは、岸信介が改定して佐藤栄作が自動延長させた日米地位協定の矛盾及び沖縄返還イカサマまで戻って議論する必要がある。そして辺野古に替わる代替案を作らなければならない。こう言い出すと「代替案は本土も揃って考えるべきだ」と反論する人がいるだろう。その気持ちは分かるが、最初に書いたように基地に関するコミュニケーションへの信頼が低下している状態では難しい。その時沖縄には「日本全体のために沖縄が果たすべき役割」を考える必要がある。

沖縄と米軍との交渉が合意に至れば、安倍政権は沖縄との交渉に臨みざるを得なくなるだろう。その時には、本土には「日本全体として沖縄に何ができるのか?」ということを考える必要がある。互いにwinwinの関係を築くことで、辺野古問題に漂っていた閉塞感を払うことも期待できる。
そして最終的には、米国政府も交渉に加わって最終調整を行うと良い。

玉城デニー氏はsacwoという、日本政府、沖縄、米軍の三者が交渉する場を設けようとしているらしい。ただ、現在の安倍政権では無理だろう。ならば沖縄と在沖米軍と話を付けた方が有利だろう。

長く続いた辺野古問題が解決に向けて前進することを期待して本稿を終えよう。